犯罪の生物学

参考文献 D.C.ロウ 「犯罪の生物学 遺伝・進化・環境・倫理」より

犯罪を犯すことに遺伝的な傾向はあるのだろうか。政治的な問題になりやすいこのテーマに付いて、現在わかっていることをわかりやすくまとめたのが本書である。本書の用意した答えは条件付きながら「ある」だろう。しかし、その答えはほとんどの方が想定するものとは違うはずだ。
本書では、双子研究や養子研究、生理学的研究、遺伝子変異と人間行動の関係に関する研究などをとりあげて解説している。
第2章で著者は双子研究と養子研究から犯罪を犯す傾向には遺伝性があると結論する*1。骨相学の誤りからの反動で、犯罪はすべて社会的な要因が原因とされている風潮に警鐘を鳴らしているようだ。
第3章では進化的な視点から犯罪を捉える。特に犯罪に性差があることの説明は重要であろう*2
第4章は非常に興味深い。安静時の心拍数と犯罪の関係は知らない人がほとんどだろう。もちろん私も初耳だった。安静時心拍数が少ない人すべてが犯罪を犯すわけではないが、ユニークな着眼点ではないだろうか。それよりも生体内での役割から納得しやすいのは、ドーパミン系、セロトニン系と犯罪の関係だ。これら人間行動に直接影響を与えると思われる物質と犯罪傾向に関係があるというのは当然のことだが、もっと注目されていい領域だろう。
第5章は遺伝子レベルでの解析で、具体例として再びドーパミン系、セロトニン系などが取り上げられている。
第6章は今までとは逆に環境因子と犯罪の関係を取り上げる。著者のスタンスは今までは環境(社会)的な要因ばかりに注目されていたということであり、環境が全く関係ないとは言っていない。
第7章は、今までの知見をふまえての倫理的な考察である。優生学との関係などが考察されている。著者からの最も大切なメッセージはこの章であり、遺伝が影響すると言ってもそのスイッチは多数あり、ほとんどの人ではそれぞれがうまく打ち消し合っていることをのべる。


以上が本書のざっとした内容であるが、私も著者の最終章のメッセージは極めて重要だと考える。またそれぞれのスイッチも、全くいいことあるいは悪いことばかりではないことも強調しておきたい。例えば、リスクをとりやすい傾向は悪く出ると後先顧みずトラブルを起こすとも言えるし、よく出ると果敢にリスクをとって大きなビジネスを立ち上げたともいえるはずである。今後、遺伝子治療が進歩するにつれ、これらの傾向をどう扱うかは大きな問題になるだろう。あるいはなんらかの薬物でこれらの傾向に影響を与えるということがあり得るだろう*3。少なくとも今から、どのようなスイッチがあってどのような働きをしているかくらいはタブーとせず調べておく必要があるだろう。

本書については、こちらでも詳しい解説あり。

*1:傾向という言葉を使っていることに注意

*2:殺人事件の加害者は圧倒的に男性が多い

*3:実際、セロトニン系に影響を与えるSSRIでは少しずつ知見が集まっているようだ