交換の強制

自発的な交換には双方のメリットがあるという話を持ち出すと、「選択肢が限られている人がいる」、「強制されたら問題だ」などという意見が出る。
強制されること自体、定義からして自発的な交換ではないのだが。また、選択肢が限られていても選択肢が全くないよりは良いだろうというのが私の考えだが、今回は別のことに注目したい。

上記のような交換が強制されることを否定的に捉える人が、同じ文脈で政府による強制を問題視しないのは腑に落ちない。個人が行う強制が悪で政府が行う強制が善なのはなぜか。公共財などを理由に持ち出すにしても、例えば公共放送の有料化などは正当化できないだろう。視聴しない人でも受信機を持っていたらお金を払う必要があるとは不可解である。見たくないという人からも徴収するのだから。