検診に関するちょっとした考察

蔵さんに「リスク・リテラシーが身に付く統計的思考法」を紹介したのだが、意外に興味を持って読んでもらえたようだ。

私自身、以前から、検診のどの部分が実際に役に立っているのか知りたい、と思っていた。全部ひっくるめて役に立つ・立たないではなく、何がどのくらい役に立つのかはっきりさせたいと思っていたのだ。蔵さんに紹介した「リスク・リテラシーが身に付く統計的思考法」には乳がん検診が例として取り上げられており、50歳以下では予後の改善につながらないとはっきり書いてある。

少し話はそれるが、本書には載っていない例を出そう。慶応大学の近藤医師が取り上げた肺がん検診である。氏の主張には賛成できない部分もあるが、現在の日本の肺がん検診が役に立たないというのは本当である。がん検診が役に立つというのは、治癒可能な段階*1で発見するということだろう。現在行われている胸部単純レントゲン写真で手術可能な肺がんがたまたま見つかるのは非常にラッキーなケースである。コストや保険適応、被爆のデメリット等を無視して単純に治癒可能な肺がんを発見することに絞ったとしよう。必要なのは喀痰細胞診とCT検査である。
もう一つ、検診ではないが呼吸器領域で非常に有用な検査をあげておこう。慢性閉塞性肺疾患*2の予後を推測するのには体重測定が良い。手軽で侵襲性がなく、費用も極めて安い。るいそうが進み始めると死亡リスクが高くなっている。

閑話休題
蔵さんに「リスク・リテラシーが身に付く統計的思考法」を紹介したとき、ベイズまで行かなくても比較的簡単に同じような推定を行う方法*3があり、これを用いて検診等の有効性に一般の人が眼を向けるのは有益なのではないか、ということを考えていた。蔵さんの結論は一般の人はあまり興味がないだろうということのようだ。確かにそうかもしれない。ただ、一般の人のイメージがあまりにひずんでいるのは、検診を推進する側の意図的な戦略とも言える*4。本来、検診を設計する段階でこのような評価はすませてあるべきだとは思うのだが。

本書のような統計リテラシーが普及すれば、血圧コントロールコレステロールの低下がどれくらい有効か、本書の方法で調べる医師以外の人が出てくるかもしれない*5。もう一つ、本書からの大切なメッセージは相対リスクと絶対リスクの違いである。ある治療法で死亡者が20%減ったとする。この記載では、相対リスクなのか絶対リスクなのかわからない。例をあげよう。10万人のうち、死亡者が10人だったところ、ある治療法で死亡者が8人に減った場合、相対リスクは20%減ったことになる*6。絶対リスクだと、0.2%となる*7。表現の仕方でこの治療法の印象も大きく変わるのではないだろうか。このような視点から医療を見直すことは大切なはずだが…。

*1:肺がんの場合、大部分は手術可能と読み替えていいだろう

*2:COPD, タバコ病とも言われる

*3:自然頻度から計算する

*4:「母娘でマンモ」なんて、若い人に乳がん検診を勧める理由がよくわからない

*5:現時点では望み薄だ

*6:10人から8人になったことを表現する

*7:10万人の中で減った死亡者が2人であることを表現する