直感毒物学とその限界

代替医療がなぜ支持されるかに付いては色々な見方があるだろうが、ここでは「人工のものは危険で、自然のものが安全だ」という間違っているけれど支持されやすい思考回路に付いて考えてみよう。これは直感毒物学とでも言うべき考え方である。我々が口にするものはたいてい何代も食べ続けて安全だとされているものばかりである。危険なものは、すでにほとんどの場合「毒物」として知識が広まっており中毒に至ることは少ない。それに対し、合成された薬物等は未知の問題があり得るかもしれない。これは考え方としては正しいし、可能性としても充分にあり得ることである。ここで注意すべきなのは、「人工のものは危険で、自然のものが安全だ」という直感毒物学は、既知の毒物は既に取り除いて考えていることである。厳密な意味での「自然なものは安全だ」という言葉は間違いである。例えば「フグ毒」などは自然のものでありながら猛毒である。直感毒物学が有効なのは、前提として既知の毒物を除外しているからなのだ。
さて、直感毒物学が危険を生み出すケースを書いてみよう。人工のものが危険だという部分である。現在、子供のトラブルを防止するため、妊娠初期に「葉酸」を内服することが推奨されている。葉酸自体もともと食品に含まれるもので、妊婦が不足分を薬物やサプリメントの形で補う事自体には問題はない。しかし、食品以外の形になったとたん、「人工のものを体に入れてはいけない」などと言う人が出てくる。そのような人に限って出生後のトラブルに付いては知らん顔だ。
もう一つ、似たような話を書いてみよう。食品は自然のまま摂取する方が体に良く、手を加えない方が良いという考え方だ。これも広義の直感毒物学だろう。しかし、食中毒を見てもわかるように「加熱」という手段は人間にとって有益である。また、トウモロコシのナイアシンはアルカリで処理することで吸収されやすくなるが、自然のままだとペラグラ(ナイアシン欠乏)を起こしてしまう。また、タピオカの原料でもあるキャッサバは、そのままでは毒を有しており、水にさらしたり発酵等の処理をしないと中毒を起こす。アーモンドの原種は青酸を有しており、品種改良したものでないと危険である。つまり自然のままでも危険なものは危険なのだ。
直感毒物学と合わさって危険を生み出しうるのが「無意識の判断」だ。ダマシオの「感じる脳」などにも情動レベル、つまり無意識の部分で人間が「快・不快」をもとに判断を下していることが書かれている。これ自体非常に有用でほとんどの場合うまく思考を節約しているが、上記のようなケースでは間違った方向に直感毒物学を補強してトラブルを生み出してしまう。
また、思考の節約と大いに関係があるが、人間は「手軽な解決」を求めがちであることも直感毒物学を補強する。「自然のものを食べるだけで健康になれる」と考えがちなのだ。これはダイエットの失敗の典型である「これだけで痩せられる」と同じである。
直感毒物学に限らず人間に遺伝的に備わっている思考回路は有用なものだが、その限界を知らないと危険を生み出す。進化論から考えると論理的思考や統計的思考はかなり不自然なものだろう。その限界を部分的にでも知りうるのが科学であり、教育なのだが、その限界を認識していない人はかなり多そうである。