似非科学と自己決定権

「私の性格はこうだから、血液型は○型です」などという人がいる。ご存知のように血液型占いには全く根拠がないが、信じている人は多い。前記のように性格から血液型を決めている人までいるくらいである。
ではこのような人に輸血をする必要が生じ、本人も同意したとしよう。また、本人の考える血液型と医学的な血液型が異なっていたとしよう。この人には医学的に正しい血液型の血液を輸血するべきなのか。本人の希望に従い間違った型の輸血をするべきなのか。
私なりの結論
1.迷信とはかくも罪深いものである。
2.現在の法システムとの整合性はない考え方だが、リバタリアニズムの立場からすれば一定の説明後は本人の責任で間違った型の輸血をしてもよい。
3.現在の法と医療のシステムでは、間違った型の輸血の希望は無視され医学的に正しい型の血液が輸血されるか、輸血そのものが拒否されるだろう。不思議なことに、この場合でも輸血できずに起きたトラブルでは医療者サイドが責められがちである。